1. 背景

 Mesocestoides vogaeは、その幼虫(テトラチリジウム)がマウスの腹腔内で無性的に分裂増殖するという特徴をもつ条虫で、国内外の研究室で広く実験に用いられています。それにもかかわらず、日本寄生虫学会用語委員会の新和名表(平成30(2018)年3月更新・公開)には、M. corti Hoeppli, 1925(和名:ネズミ中殖条虫)など4種が掲載され、M. vogaeが掲載されていないことから、本種を研究に用いている研究者間では本種を新和名表に掲載して和名を与えて欲しいとのご要望が高まっていました。用語委員会ではこのご要望を受け、さらに本種に関する最近の論文をみるとM. vogae (Syn. M. corti)といった誤った記述が散見されたことから、分類上の混乱があるものと考え調査を開始しました。

 

  1. 用語委員会による調査結果と結論

 調査結果の概要を以下に示しました。なお、調査に用いた論文それぞれについて要約を別ファイル「Mesocestoides属条虫:分類の経緯」にまとめました。

M. cortiは、Hoeppli (1925)がハツカネズミ由来の成虫を新種記載して与えた名称で、体長は8〜9 cm(ほかの本属条虫が、食肉類と有袋類(オポッサム)を終宿主とするため、M. cortiのタイプホストがハツカネズミであることを怪しむ声は多々ある(Beaver, 1989; Etges, 1991ほか))。

・ハツカネズミからのM. cortiの記録は、Hoeppliの原記載以来今日までない。

・現在世界で実験に使われている虫は、Specht and Voge (1965)がトカゲの一種から得たテトラチリジウムで、マウスの体腔内で無性的に分裂増殖する。マウスでは成虫にならず、猫に経口投与すると1 cm程の成虫になり、これをSpecht and Voge (1965)はM. cortiと同定してしまった。

・Etges (1991)は、Specht and Voge (1965)のテトラチリジウムを新たにM. vogaeと命名し、新種記載。

・以上の結果から

M. corti Hoeppli, 1925とM. vogae Etges, 1991は別種であり、学名はどちらも有効である。

M. cortiのタイプ宿主はハツカネズミ。ただし、Voge (1955)がM. valiabilisM. manteriM. cortiのシノニムにしたため、その他の宿主として食肉目(スカンク、ボブキャット、ハイイロギツネ)が掲げられる。

③ 無性的に分裂増殖するのはM. vogaeのみ。

M. vogaeは、トカゲの一種からテトラチリジウムが得られ、実験宿主としてネコが知られるのみ(Specht and Voge, 1965)。自然界から成虫は見つかっていないが、Padgett et al. (2005)の分子系統によると彼らが言うクレードB(M. vogaeが含まれるクレード)にイヌとコヨーテに由来する成虫が含まれており、近縁の本属条虫の成虫は存在するものと考えられる。

と理解することができる。

 そこで、用語委員会としては

M. cortiと和名「ネズミ中殖条虫」は現状のまま新和名表に残す。

M. vogaeを新和名表に加え新たな和名を与える。

M. vogaeの和名は、本種を研究している先生方に提案していただく。

こととしました。ちなみにM. cortiの和名「ネズミ中殖条虫」は、本属条虫の生殖孔が各片節の中央に位置することから与えられたもので、中国語では中殖孔条虫という名称で呼ばれています。

 用語委員会は、林 慶 先生(岡山理科大学)に意見のとりまとめと新和名のご提案をお願いしました。

 

  1. 新和名「ボーグ中殖条虫」決定

 本件につきまして、林 慶 先生を中心に以下の先生方が協議に加わってくださいました。

筏井宏実 先生(北里大学)

板垣 匡 先生(岩手大学)

松本 淳 先生(日本大学)

松尾加代子 先生(熊本県阿蘇保健所・岐阜大学)  

長田良雄 先生(産業医科大学)

関 まどか 先生(岩手大学)

高島康弘 先生(岐阜大学)

 

 協議の結果

Mesocestoides属であることを示す「中殖条虫」を付けることが望ましいという意見が多かった。

M. vogaeは終宿主が不明であるため「中殖条虫」の前に動物名を付けることは適当ではないので、種小名である「vogae」に由来する和名を付けることが望ましい。

・「vogae」はVoge博士の苗字の属格形であるため、和名は主格形のカナ読みである「ボーグ」とすることが望ましい。

M. vogaeの新和名として「ボーグ中殖条虫」を提案する。

 用語委員会は、経緯のご報告とご提案を受けて承認し、令和5(2023)年12月18日を以て新和名表を更新し、新和名「ボーグ中殖条虫」決定に至る経緯をご報告しました。新和名案のとりまとめをお願いした林先生をはじめ、ご協力いただいた先生方に深く感謝いたします。

 

令和5(2023)年12月18日

日本寄生虫学会用語委員会

委員長 吉田裕樹(佐賀大学)

委員 巖城 隆(目黒寄生虫館)

   倉持利明(目黒寄生虫館)

   小川和夫(目黒寄生虫館)

   佐藤 宏(山口大学)

 

新和名表:「20231218更新新寄生虫和名表
参考資料:「*Mesocestoides*属条虫:分類の経緯